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幼い頃、私は輪ゴムを口に入れるクセがありました。
あの独特の弾力と、噛み切れないもどかしさが、子供心にスリルだったのでしょう。
親には「お腹が痛くなる」と叱られましたが、禁止されるほどに奥歯で噛みしめる喜びは増しました。
あと、色付き輪ゴムって、ものすごく苦いんですよ!
子供が口に入れないようにという配慮らしいのですが、私はなぜか、あの苦さを、いちいち確かめたくなって、ちょっと舐めては「おえぇええ」という顔をして悦に浸っていたのです。膝を擦りむいた子供が、傷にふれて痛いかどうか確かめる、あの奇妙な行動に似ているかもしれません
大人になっても、私たちの本質は変わりません。 崖っぷちを歩きたがります。 火の粉が舞う場所へ、わざわざ椅子を持って座りに行きます。
周囲の制止を振り切り、無謀な挑戦に身を投じる人々。 彼らの瞳には、安定した日常を送る私たちには見えない景色が映っているのでしょうか。 それとも、単なる情報の欠落が招く悲劇なのでしょうか。
◆このページのコンテンツ
例えばラーメン業界。
素人が武器を持たずに飛び込むにはあまりに血生臭い。
1年以内に約40%の店舗が看板を下ろすという現実は、もはや公然の秘密でしょう。
それなのに。 今日もどこかで、真新しい暖簾が誇らしげに掲げられています。 湯気の向こう側で、全財産を注ぎ込んだ男たちがスープを掬っています。
彼らは、自分だけは特別だと信じて疑いません。 私の作る一杯は、隣の店とは違う。 修行で得た秘伝のタレがあれば、必ず客は行列をなすと、夢という名の麻酔を打っています。 この熱狂的な自惚れこそが、地獄への特急券であることを彼らはまだ知りません。
お次はコンビニを例に取りましょう。
便利さの象徴は、オーナーにとっての巨大な重石に変わります。
「ブラック」と揶揄される労働環境を知りながら、加盟契約書に印を突く人が絶えません。
不思議です。 自由を求めて独立したはずが、本部の指示という首輪を自ら選んでいる。 深夜のレジに立ち、不足するバイトの穴を埋める毎日に、どんな自由があるのでしょうか。
彼らを突き動かすのは、安定という名の幻想です。 大企業の看板を借りれば、自分の人生も保証されると勘違いしてしまいます。 現実は、眠らない街の灯りを守るための、名もなき歯車になる道であるというのに。 皮肉なことに、檻の入り口はいつも眩い光で飾られています。
情報は偏っています。 世の中に出回る成功物語は、生存者バイアスに満ちた甘い蜜のようです。 廃業した人々の沈黙の声は、Twitterのタイムラインにも、夕方のニュースにも流れません。
実情は隠されます。 失敗の泥臭さは、清潔な社会において忌避されるべき汚れとして処理されます。 華やかな開店特番の裏で、夜逃げ同然に消える店主の涙は、誰も記録しません。
人々は、自分に都合の良い事実だけを繋ぎ合わせます。 「あの店は成功した」という一例が、万人の勇気にすり替わります。 リスクを精査する知性よりも、奇跡を信じたい本能が、冷静な判断を曇らせてしまいます。 私たちは、事実を知らされていないのではなく、見たくない事実から目を背けているだけなのかもしれません。 誰かにとっての「危険」は、無知な者にとっては「未知」という名の希望に見えてしまうのでしょう。
保守的な視点に立てば、これは愚行です。 石橋を叩いて壊すような慎重さこそが、現代社会を生き抜く最適解に思えます。 しかし、一方でリベラルな精神が囁きます。 誰かが飛び込まなければ、新しいスープの味も、24時間営業の恩恵も、私たちは享受できません。
なにもかも、徹頭徹尾、金輪際、無謀です。
端から見れば、彼らの行動は自滅への行進にしか見えません。
資産を失い、健康を削り、家族を路頭に迷わせる可能性を孕んでいます。
ですが…… その危険という高い壁を乗り越えた先には、私たち一般大衆が一生味わえない「宝物」がある。 私は、そう思わずにはいられないのです。
金銭的な利益ではありません。 社会的な地位でもありません。 自分の腕一本で、誰かの胃袋を満たし、誰かの日常を支えているという強烈な自負です。 冷淡な統計データでは決して測れない、魂の震えがそこには存在します。
彼らは、死ぬ瞬間に後悔しない方法を探しているのかもしれません。 安全な場所でテレビを見ている私たちを、彼らは逆に見下している可能性すらあります。 泥にまみれ、油にまみれ、極限の状態で見つける一筋の光こそが、人生の真価です。
希望はあります。 危険を冒す人々が絶えない限り、この世界は停滞することなく回り続けます。 愚か者たちの屍が積み重なった上に、私たちの豊かな文明が築かれている。 この奇妙な構造を笑い飛ばしながらも、私は彼らの無謀な勇気に、密かな敬意を抱かずにはいられません。
いつか私も、輪ゴムではなく、本当の勝負を噛みしめる日が来るのでしょうか。
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